第28回 約束(プロミス)エッセー大賞

過去の受賞作品

2011年
第16回入賞作品

優秀賞

「ぶっ飛ばすからね!」 須田 英樹(36歳 会社員)

まさに衝撃的なひと言だった。小学校の卒業式を迎える直前に、母が私に言った。
「中学生になって、ぱったりしゃべらなくなったら、ぶっ飛ばすからね!」

私は小さいころからおしゃべりが好きだった。ただし、「家の中」限定で。元来、ものすごい恥ずかしがり屋だったこともあり、学校など「家の外」では決して口数が多い方ではなかった。

その反動もあったのか、私は内弁慶ならぬ「内雄弁」になった。妹とは6歳離れており、ひとりっ子のように母を独占できた期間が長かった影響もあったように思う。

とにかく、家にいる間は私のオンステージだった。今日あった出来事から、テレビの感想まで、起きている間は父か母をつかまえて、のべつ幕無しに話し続けた。独演会は止まらない。外では脇役の私も、家の中では千両役者だった。

父と母は比較的社交的な性分だったから、ふたりそろって地域の行事などに割と積極的に参加していた。後で分かったのだが、そこで「男の子は中学生になると決まって無口になる」と吹き込まれたらしい。それが、冒頭の発言につながることになる。

それを聞いて、私はふたつの驚きを感じた。ひとつは、品行方正な母から「ぶっ飛ばす」という物騒な表現が飛び出したこと。そして、もうひとつは私が無口になるのではないかと母が心配していることだった。

「あんなにベラベラしゃべっていた子が、急に押し黙って、部屋に籠もりがちになる・・・」成長の過程とはいえ、母はその未来予想図に寂しさを感じたのだろう。しかし、その当時の私にはそれが取り越し苦労に思えて仕方がなかった。

だが、私が思っていたよりも「思春期」は手強かった。知らず知らずの内に口が重くなってきた。また、サッカー部のハードな練習と塾通いで蓄積した疲労も、私からどんどん口数を奪っていった。
しかし、私はぶっ飛ばされたくない一心で(?)、毎日力を振り絞ってはしゃべり続けていた。けれども、時にはどうしてもしゃべりたくない日もあった。そんな時はカムフラージュのために、本に没頭した。もともと本は好きなタイプだったのだが、中学の終わりから高校にかけて、読書量はどんどん増えていった(笑)。

それが、思わぬ効果を生んだ。まずは、国語の成績がズバ抜けて良くなった。また、歴史小説もよく読んでいたため、日本史の成績も高値で安定を続けていた。あとは、英語に少し手を加えたぐらいで、特別な努力をすることもなく、私立大学の文学部への進路が大きく開かれることになった。

加えて、「話がおもしろい」と評判になった。高校レベルでは知識量が豊富で、かつ論理的に落としどころを考えてしゃべれたため、かつて内気だった少年の周りには、気づけばたくさんの人が集まるようになっていた。

さらに、家でも話題を見つけては必死にしゃべり続けていたため、三者面談などでは担任の先生が「難しい年ごろの男の子と、こんなにコミュニケーションがきちんと取れているご家庭はめずらしいです」と口をそろえて称賛してくれた。そんな時、母はいつもうれしそうな顔をしていた。
すべてはあの日の「中学生になって、ぱったりしゃべらなくなったら、ぶっ飛ばすからね!」のおかげである。

年男を3回経験した現在は、さすがに当時ほどはしゃべらなくなった。よもや、今になってぶっ飛ばされることはないと思うが、たまに少しばかり不安になる。でも、そのスリルのおかげで、家庭は今日に至るまで円満に保たれてきた。

もし近い将来、私が男の子の父親になり、その子がよくしゃべる子だったら、妻にはぜひ時期を見て「中学生になって、ぱったりしゃべらなくなったら、ぶっ飛ばすからね!」と言ってもらいたい。品行方正な母との、その「約束」にどれほどの効果があるか、私が身をもって知っているから。