第28回 約束(プロミス)エッセー大賞

過去の受賞作品

2023年
第28回入賞作品

優秀賞

屈辱の誓約と光明の約束 佐藤 梨紗(26歳 大学生)

 尋問され誓約書を書かされた。
「僕たちね、佐藤さんがスパイじゃないかと疑ってるんですよ。だって怪しいでしょ、こんな短期間で辞めるん。」
 思いも寄らぬ展開。体調不良が続き、「このまま仕事を続けるのは困難なので辞めさせてください。」と告げた翌日のことだった。社長は、私がこの会社のノウハウを盗みにきたと本気で考えているらしい。
 「とりあえずそれは佐藤さんにやってもらって。」次から次へとタスクが積み重なっていった。定時を過ぎないと始められない自分の担当案件。残業では到底カバーできず、始業の2時間前に出勤した。土日も出勤した。熱を出し、鼻をすすりながら仕事をした。憧れのデザイン事務所のアシスタントデザイナーとして私なりに頑張ったつもりだったのだが。
 我慢しきれずこぼれていくものを拭いながら署名捺印した。今後1年間、同業種に就職しないことを誓約させられ、退職の手続きをとり、雇用からわずか数ヶ月で会社を後にした。悲しみと悔しさと怒りがこみ上げてきて、ダム決壊。白昼の大阪を、人知れず大号泣しながら帰宅した。これが、1年だけ過ごした大阪で結んだ2つの約束のうちの1つ目である。
 転職を機に山形の田舎から出てきた私にとって、大阪での生活は、知り合いもいなく、孤独を感じることもあった。そんな中、大学の後輩が遊びに来てくれて、一緒に飲みに行った日のこと。隣で立飲みをしていた気さくそうなおじさん二人組みに話しかけられた。後輩は、あとはよろしく、と言わんばかりに口数が減った。私だって知らない人と話すのは非常に苦手なのだ。営業スマイルを引っ張り出し、適当に会話をした。一期一会だとは思ったが、帰り際に二人とSNSを交換。そうしたら、たまに連絡を取り合ううちに一緒に飲みに行くようになり、気づいたらもう友達みたいだった。まさか知らない土地で世代違いの友達ができるとは思わなかった。このおっちゃんと、後に私はもう1つのある約束をする。
 さて、デザイナーとしての人生が儚くも一瞬にして終わり、今後どうするか。色々考えようとはしたけど、既におおよそ決まっていた。山形の実家に戻って農業をしたい。大阪へ発つ前、「もうダメだど思たら、いづでも戻ってこいの。」と家族に言われた。割と本人、骨を埋める気概を持って臨んだのだが、未来予知されていたようだった。農業を逃げ道に使ったみたいになってしまったが、心の底からやりたいと思ったのである。デザイン事務所で働きながらも、帰って農業したい、と何度となく思っていた。
 「うちに帰ってきて農業をやるのももちろんいいけど、一度農大に入ってみるのもいいと思うよ。」と父からのアドバイスが。実家の米農家を継ぐべく、稲作を専攻できることはもちろん、経営方法についても学びたいと考えた。そして重要なのは、なるべく地元と似た気候の地域であること。私の目標は宮城県農業大学校の水田経営学部に定まった。現役高校生に負けまいとて必死に勉強した。2022年12月に受験、合格。嬉しかった。次の目的地が決まってホッとした。
 「私、農家になろうと思います。だから、宮城県の農業の学校に通うことにしました。」おっちゃん達に報告した。「まじで⁉ええやん!」「何作るの?え?米⁉ええやん!」「出来たら食べさせてーや!」一人前の米農家になって、自分の米ができたら送ることを私は約束した。「梨紗ちゃんのお米、楽しみに待ってんで!飲み屋の友達にも営業しといたるわ。」そう言ってくれた。大阪を離れた今でも、インスタグラムに農作業の様子をアップすると、必ず♡をくれる。人との縁は大切にすべきものだと思い知った。
 1つ目の誓約は無事、時効を迎えた。しかし、ご心配なさらず。私はスパイでもなければデザイナーでもない。畑違いの農大生だ。ここにある約束の種が豊穣となるよう、私はこれからも大好きな人たちを想い、農業について学んでいく。