第28回 約束(プロミス)エッセー大賞

過去の受賞作品

2013年
第18回入賞作品

佳作

「愛しのマサト叔父さん」 城内 香葉(19歳 学生)

 マサトは四十歳を過ぎてもお嫁さんがいない。法事などで親戚の集まりがあると、すぐにその話になるので、マサトはそそくさと逃げてしまう。
 「マサトにお嫁さんが来るまで死ねないよ。」と嘆く祖母を、
 「今は結婚しない人も多いよ。」「結婚は本人の自由だから。」と私がいくらなだめても、
 「おじいちゃんと約束したんだよ。」と祖母はきかない。
 時は遡る事十七年前、肝臓癌を患った祖父は、闘病の甲斐もなくこの世を後にした。祖父は亡くなる直前、病院のベッドの上で、
「上の二人は心配いらない。あいつを頼む。」と最後の力を振り絞って口を動かした。
 「わかったよ。一人前になって所帯持つまで放っちゃ置かないよ。」と祖母は祖父の手を握り締めて堅く約束を交わしたのだった。
 上の二人と言うのは、長男の伯父と長女の私の母のことで、既に二人は結婚をし、私も生まれていた。祖父は「あいつ」のことが、「あいつ」のことだけが気がかりだったのだ。
 祖父は、末っ子のマサトと一番気が合い、サッカーをやっていたマサトの試合を見に行っては、人目もはばからず、「マサト選手」と呼んでいたというから、親バカぶりも聞いて呆れる。
 そんな祖父の気持ちを知っている祖母は、約束通りマサトを放っては置かない。このままでは、あの世に行っても祖父に追い返されるという。
 「マサトが一回結婚さえしてくれれば、おじいちゃんとの約束は終わりだよ。あとは三日で離婚しようが知ったこんじゃないよ。」と祖母は皮肉まじりに言う。三日で離婚はさすがにまずいと思うが、祖母にとっては祖父との約束を果たすことが、愛する伴侶を失ってからの、心の支えだったのかもしれない。
 お正月にマサトにお年玉をたかりに行くと、
「俺は女は嫌いだ。だいたい女はよくしゃべるし、よく食うし、金がかかる。」とブツブツ言いながら、お年玉をくれた。ちゃんと用意してあるんだから、もっと素直に渡してくれればいいのに、マサトは照れ屋でタイミングが悪くて、いつもぶっきらぼうだ。
 時々私は、仏壇の前に座り祖父と話をする。
 「ねえ、おじいちゃん、マサトは最近おじいちゃんによく似てきたって、おばあちゃんが言っていたよ。ただいまって帰ってくる声がびっくりするくらいそっくりだって。口喧嘩して、自分に都合が悪くなると、すぐに鼻歌を歌うんだって。おじいちゃんもそうだったんでしょ。二人で喧嘩しながら結構仲良くやっているよ。早くお嫁さん見つけて出て行って欲しいなんて強がり言ってるけど、本当はマサトがいなくなったら寂しいんじゃないかな。もう少し約束は待っていてあげてね。」
 先日、マサトが会社の工場に迷い込んだ子猫を拾ってきてしまった。
 「嫁さんを連れてこないで、猫連れてきてどうするのよ。」また祖母が騒いでいる。
 だけど、子猫と無邪気にじゃれあっているマサトを見ていると、世の中の女性は見る目がないなあと思ってみたりする。
 「これじゃあ、あの世にいっても、おじいちゃんに追い返されるよ。」と、いつものように祖母が言う。
 「いいよ。おばあちゃんまだ先で。このままずっと元気でいてよ。マサト叔父さんだって、そんなにすぐに彼女できるわけない・・・じゃん・・・ん?」
 「何だよ。勝手に決めんなよ・・・。」
 「彼女はいるよ。だけど同居となると仕事の事や色々あるだろ。もう少し待ってろよ。」
 「なんだね。一緒に住む気かね・・・。」小さく声を震わす祖母。
 「馬鹿だな。俺だって、親父に言われたんだよ。『母さんを頼んだぞ。』って。」
 「『任せろ。』って約束しちまったんだから仕方ないだろ。」