第28回 約束(プロミス)エッセー大賞

過去の受賞作品

2013年
第18回入賞作品

佳作

「指輪より温かい物」 戸越 真澄(48歳)

 私達夫婦は結婚式を挙げていない。だからこそ余計に結婚指輪を貰った時の事はよく覚えている。その時主人は私に2つの事を約束してくれた。
①一人にしたり、寂しい思いはさせない。
今、主人は仕事の都合で単身離れて暮らしている。でも3人の子供達がそれぞれ日替わりでいろんな騒動を起こしてくれて、確かに寂しいなんて感じる暇はない。
②週末は外で待ち合せをして食事に行こう。
これを聞いた時は嬉しかったなあ。なんだかデートの待ち合せのようで。なのに最初の週末の待ち合せで一時間半の待ちぼうけ。当時携帯を持っていなかったのでずっと心配していたのに、主人ときたらまるで5分位の遅刻のように軽く、ごめんごめんだって。
しかも、この週末の約束が守られたのはなんとこの一回だけ。ありえない!。でもまあ、毎回待ちぼうけも辛いので良しとするか。
などと思いながらいつの間にか23年。それなりに笑顔で暮らしている。
 高校二年の娘と二人で主人の赴任先へ遊びに行った時の事。久しぶりに一緒にドライブに出かけ、九州では見れない美しい雪景色を見たり、おいしい物を食べたり、楽しく過ごしていた。すると娘が何を思ったか急に、
「ねえ、お父さんとお母さんて結婚してるんやろう。なのになんでお母さん結婚指輪してないと?」と、言いだした。
すぐに主人が、「お母さんの指輪か? ずっと前にお母さんと口げんかした時に、お父さんが投げ捨てた。悪い事をしたって反省しとるよ。」
娘、「え~っ 何それ!!。」
 そうなのだ。私の指から結婚指輪が消えているのだ。それも15年も前のあの夜から。
 二人とも気が強くよく口げんかをした。
あの日も口げんかが勃発、理由は思い出せないので多分細いな事だったのだろうが、いつになく白熱し、売り言葉に買い言葉で『離婚だぁ』となり、私は指輪を外すとテーブルの上に置いた。すると主人は無言で指輪を掴むとベランダから思いきり投げた。
「あっ!! うそっ!!。」と心の中で叫んだが、私の指輪はまるでブラックホールに吸い込まれるかの様に、音もたてずに潔く夜の闇の中に消えていった。
 その次の朝から、私達は二人とも指輪の事には一切解れず、むしろ指輪なんて始めから無かったかのように今日まで過ごして来た。なのに娘のあの一言で、「あっもう指輪ないんだ。」と今さらながら思い知らされた。
 娘が主人に、お母さんも頑張っているんだから、ごめんなさいの気持ちも込めて新しい指輪を買ってあげたらどうかと言っている。主人が娘に、お父さんもおこづかいが少ないのでお前も手伝ってくれと言ったが、娘からは私はお母さんと結婚とかしていませんと断られている。
私は、二人の会話を笑顔で聞いていた。
 家に戻って数日後、娘がこっそり教えてくれた。なんでも主人から娘の携帯に連絡があり、私が新しい指輪を待っているかどうか。やっぱり新しい指輪を買った方がいいと思うかどうか相談してきたらしい。娘は、もう15年も無いままだし、今さら指輪が欲しいとか言うお母さんでもないだろう。と答えたらしいが、お父さんてなんかかわいいねと笑っている。どっちが大人やら…。
 今回主人があの指輪のことを密かに気にしてくれていた事がわかって少し驚いたが、それ以上に嬉しかった。だからもう新しい指輪は要りません。もっと温かい物を貰ったような気がするから。
 今しばらくは、離れての暮らしになるだろうけど、今までどおり口げんかもちょいちょい交えつつ、いつまでも笑顔でいたいな。
 今度主人が帰って来たら、外で待ち合せをして食事に行こう。
 今度は遅刻なしでお願いします。