第28回 約束(プロミス)エッセー大賞

過去の受賞作品

2014年
第19回入賞作品

中学・高校生特別賞

「明日への希望」 吉本 真純(18歳 学生)

 私にとって約束とは、明日へ希望をもって生きることであり、生きることを勇気づけてくれるものである。
 私は、小学四年生の時に生体肝移殖の手術をした。私は、手術をする前にいろんな人と様々な約束をした。親戚には、手術を成功させ元気に回複することを約束し、肝臓を提供してくれた父とは、お互い元気に回複し、私が何でも食べられるようになったら二人でお寿司を食べに行くことを約束し、家族旅行に行くことも約束した。手術することはとても大変なことで、終わった後の闘病生活が何より大変だった。たくさんの管に繋がれたことによる首から肩にかけての痛み、大量の薬に苦しむ毎日。ベット生活も続き、体を動かさないために腸などの器官の動きが低下し、腹痛が続いた。そんな苦しい日々の中、あきらめずに治療と向き合えたのは、必ず元気になって、みんなとの約束を果たしたいと思ったからだ。手術後は、食べ物にもたくさんの制限があった。基本、火を通した食べ物しか口に入れてはいけなかったため、食べたいものがあるのに食べられないことのつらさをこの時初めて実感した。父と約束したお寿司を食べることは、その当時の私にとって元気になるという一つの目標となっていた。手術後の経過は順調で、当初四ヶ月を覚悟していた入院も約一ヶ月で退院という奇跡的な回複だった。退院してもしばらくは食べ物の制限があり、すぐにお寿司は食べられなかったが、数ヶ月経ち、医者から生の物を食べても良いと言われたときは飛び上がるほど嬉しかった。そして、父と念願であったお寿司屋へ行くと、偶然私が入院していた時の担当の看護師に出会った。その看護師は、私と父の元気な姿を見て、とてもニコニコしていた。私はその日、たくさんお寿司を食べた。これで無事、父との約束を果たすことができた。その後、家族旅行にも行くことができたし、親戚や知り合い、友人にも元気な姿を見せることができてとても嬉しかった。
 一方で、果たせなかった約束もある。私と同じ時期に入院していた中学生のお姉さんとの約束だ。お互い体調が良い時は毎日のように遊んでいた。苦しい入院生活の中、明日はお姉さんと何を話そうかなどと考えたりすることも私の楽しみの一つであったし、遊んでいる時間はとても楽しく、痛みを忘れるほどだった。自分のベットに戻る時は、「明日も遊ぼうね」と言っていつも約束をしていた。私は、入院中にミサンガを二つ作り、その一つをお姉さんにあげた。それを手首にはめて、「お互いに元気になろうね」と言って約束をした。ところが彼女の容態がだんだん悪くなり、会えない日が続いた。そして約束を果たせぬまま、とうとうお姉さんは天国に行ってしまった。とても悲しかった。もう彼女とは二度と会うことはできないし、永遠に約束を果たすこともできない。果たそうと思っていても果たせない約束がある。
 多くの人は、誰かと約束する時は、約束を果たすのが当たり前だと考える人も多いだろう。また、お互い約束を果たす日が来ることも知っている。しかし、私にとって約束を果たすことは当たり前にできることばかりではない。私の場合、手術が成功し、今はとても体調が良いが、日頃は体調を崩さないように気をつけている。小さい頃から私を可愛がってくれた名古屋のおばさんとは、私が二十歳になったら一緒にお酒を飲もうという約束をしている。その約束の日が来る事を私はとても楽しみにしている。まずはそれまで毎日元気に健康的な生活を送ろうと思う。約束をするということは、私にとっては命をつなぐことでもある。約束は、生きるために人を前向きで明るい気持ちにさせてくれる魔法だと思う。