第24回 約束(プロミス)エッセー大賞

過去の受賞作品

2016年
第21回入賞作品

佳作

なりたい自分になる自分 中家 聡太(15歳 中学生)

 僕には、一つ年上のしょう害のある姉がいます。今でこそ少し落ち着きましたが、小さい頃は、本当に大変でした。姉は知的な遅れはあるものの、自分が人と同じように字が書けなかったり、計算が出来なかったりという事がわかっており、その事でよくパニックを起こしていました。その時は、自分もまだ幼く、どうして人を傷つけるのか? こんな姉ならいらない。普通の姉がよかったと思った事が何度もありました。しかし、ある程度の年令になった頃、姉のしんどさもわかるようになってきました。自分の気持を伝えるのがヘタで、周りの人達との違いに気付いている。つらいこともたくさんあったんだろうと思います。
 そんな姉が落ち着くことに大きな役割を果たしたのは、人の関わりです。
 姉は、小一から支援級に所属していました。そこの先生は、僕に姉との関わり方のヒントをくれました。出来ることはなるべくやらす。困り始めたら、姉の意見を聞く。助けてほしそうなら、やり方を見ぶり手ぶりで教える。そのやり方を続けていくと、姉のプライドも保たれ、少しづつ素直に話しが聞けるようになり、出来る事が増えてきました。
 そんな頃、姉は療育手帳を申請し認可がおりた事で、移動支援という支援を受けらえるようになりました。移動支援という福祉サービスは、知的しょう害のある人がガイドヘルパーさんと一緒に外出するというものです。その外出を通じて、お金の使い方やお出かけ時のルールやマナーを一対一で教えてもらうというものです。
 姉は最初の頃、移動支援でヘルパーさんと福祉施設のプールへ行っていました。元々は、スポーツセンターの水泳教室の無料体験へ行ったのですが、落ち着きのなさと指示が通らないことを理由に断られて、プールに習いに行く事が叶わなかったことにさかのぼります。でも姉は泳ぐ事が好きでした。母がどうしたものかと頭を悩ませていた頃、移動支援でプールへ行く事が出来るようになりました。姉にとっては、習い事へ行っている感覚だったと思います。最初のうちは母と離れるのが嫌でよく泣いていました。母以外の人と二人で出かける事などなかった姉にとっては初めてのことで不安なことも多かったと思います。でも、何度もそれを積み重ねていくうちに、ヘルパーさんとプールに行くことが楽しくなってきたようです。ヘルパーさんとのおでかけに慣れてきた頃、放課後等児童デイサービスというサービスが始まりました。放課後等児童デイサービスは、しょう害のある児童が学校の授業終了後や学校休業日に通う療育機能、居場所機能を備えたものです。デイの方が学校まで迎えに来てくれ、事業所で課題や勉強をしてから、その日のメニュー(創作や運動、音楽や料理、おでかけなど日によって違います)をして、自宅まで送ってきてもらえます。友達と遊ぶ約束をするという概念もなく、習い事もままならない姉にとっては、人と関わりあえる場所であり、色んな人と関わる中で姉の対人スキルは飛躍的に上がりました。
 姉のことがあって、世の中には障がいのある人に対して、心ない言葉をかける人達がいることを知りました。が、逆に優しくしてくれる人が多いことも知りました。姉に優しくしてくれる人達は仕事というよりは対人間として姉の成長を素直に喜んで下さる人達です。僕はそういう気持ちに支えてもらった方なので、自分もそんな優しさを持てるようになりたいなと思い、人と接する時はなるべくその人の立場に立って物事を進めるようにしています。が、今はまだまだ修行中です。
 姉のしょう害で、優しくしてもらった気持ちをお返しをしようと僕は将来、障がい児に関わる仕事に就きたいです。対人間としてその子の笑顔を守っていけるように、勉強してなりたい自分になれるよう頑張ります。