第24回 約束(プロミス)エッセー大賞

過去の受賞作品

2016年
第21回入賞作品

佳作

生きるということ 徳田 有美(44歳 予備校講師)

 私に付き合ってほしいと言ってきた男性は、私よりも遥かに年下で、明るく活発、生きる意欲に満ち溢れて見えた。四十半ば、今の私の年齢を考えれば、これ以上申し分のない話であった。
 私は確かに彼に好意を持っていた。それが、叶えられたと知り、私の心は十代の乙女のようにときめいた。私は、もうこれ以上恋をしないと思っていたが、まだ、ときめく力を持っていたのだ。
 ただし、二人で呑みに行ったときに、大きな事実が判明する。彼は脳腫瘍を患っており、脳幹部に発症したその腫瘍は、もう取り除くことは出来ないということ。ガンマーナイフという処置を行い、それが幸いして、生き続けられているそうだ。ただし、今もまだ通院は継続している。
 実は、私の従兄弟は、今から二十年前、小学校五年生の時に脳腫瘍を発症した。やはりそれも脳幹部に発症していた。従兄弟の場合は、進行が早く、どんな処置もできないとして、抗がん剤治療を行ってみたが、わずか、半年の命を費やし、この世を去って行った。
 従兄弟を失った時の記憶は、今でも鮮明に覚えている。それは、辛いなどという簡単な言葉で片付けられる日々ではなかった。従兄弟の家族、親族が皆、死に向かう少年を、表向きには明るく、裏では涙しながら、懸命に見守っていた。少しでも長くこの日が続くことを誰もが望んだが、主治医の宣告したとおり、命はそれ以上は伸びなかった。
 私は、今回私に愛の告白をしてきた男性との付き合いに対し、次第に怯えるようになってきた。それは、彼に待っているのは、いつ来るかわからない「死」以外にないからだ。それでは、私達が付き合う意味は何だろう。前向きな日々は期待できない。今さえ楽しければそれでいい、そんな悠長なことを言っていられる年齢でもない。たとえ、付き合うという選択をしたところで、あの長くて短い死への道のりを、私は再び歩まなければならないのか。
 私は苦悩した。むしろ、考えすぎて、私の方が体調を崩したくらいだ。私は数日寝込み、全ての思考を停止してしまった。
 しかし、彼は私の悩みを、しかと受け止めてくれていた。確かに自分の余命はわからない。だが、余命が限られているとするならば、少しでも早く、幸せな日々を満喫すべきではないだろうか。それなら早く結論がほしい。
 そして、彼は言った。私を決して泣かせないと。私のために生きるという大きな約束をしてくれた。
 私は電話をもらい考えた。思えば、全ての男性がいつかは死ぬ。それは、避けられないことなのだ。その時期が早く来るか、遅くくるかだけの違いなのだ。それならば、彼の言うとおり、少しでも早く二人でできることをすべきではないだろうか。あとは、私さえ覚悟を決めればいいのだ。それがいつであれ、彼の最期を看取るということを。
 私達は約束した。二人で付き合っていこうと。それには、将来の結婚という夢が伴っている。子どももほしいと彼は言う。できる限りの夢と希望を二人で叶えていきたい。
 約束。それは、簡単なようで大きな意味を持っている。全ての約束が実現可能とは限らない。事実、彼が私にくれた約束は、おそらく守られないことを、私は経験上知っている。しかし、約束があれば人は強くもなれるのだ。
 私が自分に立てた約束。それは現状から逃げないことだ。どんな最期を迎えるかはわからない。逆転ハッピーエンドもありうるかもしれない。私は、それらの日々全てを受け止めながら、彼と歩いていこうと思う。そう、二人なら無敵になれるものなのだ。