第23回 約束(プロミス)エッセー大賞

過去の受賞作品

2018年
第23回入賞作品

グローバル賞

非線形的約束 韓 勝仁(42歳 会社員)

 毎回通る道は暗闇に覆われ、車の中は引越し荷物で一杯だ。一週間前に突然横になったチェルシーを可哀想に眺めて仕事先の郡山に戻ってから数日も経たないうちに悲痛な知らせを聞いた。4年ぶりに職場問題でしばらく仙台に戻った日、義母と妻は二人の子どもに代わって仙台のペット斎場でチェルシーが灰になるまで待っていた。この残酷な時間はチェルシーの時間ではなく私たちの時間だ。惨憺たる心情を込めた封筒を胸に抱いて家族は家に帰宅し、私が到着すると義母は"仙台ペット斎場" と書かれた封筒を私に渡した。15 歳の白い無機物に変わってしまったチェルシーを見つめながら"チェルシーに間違いない。 間違いない"と義母は寂しいげに言い続けた。妻は、たった今歩き始めたばかりの娘の面倒を見るのに余念がないようだった。
 チェルシーとネモと初めて会ったのは、結婚前に義母に会いに仙台に来たときだ。夕方に大阪から夜行バスに乗って雪が真っ白に積もったまぶしい朝仙台に着いた。義母の家には二匹の犬がいた。一匹はチェルシーと名づけられたウェルシュ・コーギー・ペンブローク種で、もう一匹はネモという 名づけられたキャバリア種だった。 チェルシーはボールが好きでそうやって名前を付け、ネモは義母の好きな小惑星の名前を借りてそのようにつけられたと言った。
 私は結婚してから妻と一緒に仙台へ来た。チェルシーとネモとも自然と同棲が始まった。その頃チェルシーとネモは9歳だった。仙台にいる義母には、この二匹は子どもと同じだった。東日本大地震が起きた時もチェルシーとネモは義母と一緒にいた。今でも義母は時折その時の話をしていたりする。その時の後遺症のためか、チェルシーは大きな音がしたり小さな地震でも起きるたびに体を震わせたりしたと言った。
 チェルシーはたくさん周囲の人々が知っているほど有名なボール犬だった。 名門球団チェルシーらしくボールをとてもよく使い、公園に行くと人気がすごかった。 ウェルシュ・コーギー・ペンブローク特有のショット・足の妙技はいつも公園の中央広場を独壇場のように走りまわり、レッドカーペットの上の俳優のように人々の視線を一身に浴びた。チェルシーと一緒に散歩することは、私にはない何かが出るようでとても良かった。私がチェルシーとボール遊びをしていると、人々が"わわ"と感嘆詞を連発し、フェイスブックに乗せると"いいね" の回数が上がった。
 しかし、ワンちゃんと一緒に暮らすということは、楽しさだけを得ることではなかった。実際良いことよりも面倒なことが多かった。毎日散歩もさせないといけない、どこに行きたくても長い間留守にすることが難しかった。彼らの毛を撫でるのはとても良かったが、とりわけ毛がたくさん抜けるチェルシーの毛を掃除する時はいらいらすることもあった。チェルシーが自分の毛を好きだったかどうかはよく分からない。ただ毛を整理してあげる時は幸せそうな表情だった。義母はこんなことを一人ですべてしながら、どんなことを考えただろう。私も幼い頃、ワンちゃんと過ごしたが、全面的に後始末は親の仕事だったため、実際に彼らの面倒を見たわけではない。私はこの経験を通じて、その前に知らない事や感じられなかったことをゆっくりと習うことができた。
 チェルシーがこの家に入るようになったのには理由があった。元々はネモだけ買うつもりだったが、妻の弟であるエイタがチェルシーを見て一目ぼれしたからだ。チェルシーは2匹はだめだと言って断る父母を相手に、エイタが最後まで戦った末に勝ち取った戦利品のようだった。 エイタの戦いに耐え切れず結局、"チェルシーはお前が面倒見ろ" という約束を取り付け、チェルシーも家族になったという。 でも、いつの間にかエイタは大きくなって東京へ仕事に行くことになって、 その幼いときの約束は、 義母とチェルシーの約束に変わってしまった。
 妻が初子を妊娠し、お腹が大きくなった時、ネモはあまりにも突然私たちと別れた。 病院に連れて行かれる車の中で、ネモを抱えて涙ぐんでいる私の胸から、尿という異物を最後に残したまま冷たくなってしまった。 生ということが、小便数滴で簡単に死とつながるということが信じられなかった。最後の挨拶もなく、ネモが自分の小惑星に立ち去ってしまったことは信じられなかった。その時、何となく涙が滝のように溢れ出た。感情というのがこんなに力なく慣性的だという事実が苦しかった。しかし、チェルシーはネモがそのように私たちと離れたにもかかわらず何事もなかったように普段と変わらなかった。そして4年後、息子と娘が大きくなってチェルシーと同じくらいボール遊びが好きになった時、チェルシーも生涯を閉じた。 チェルシーの体は私たちが気づかない間に最後の一葉のように衰えたのだ。
 しかし、私はチェルシーと別れるときは泣かなかった。 あらかじめ心の準備をしていたからなのだろうが、ネモが離れた時、チェルシーがなぜそのように平気で行動したのかが分かったからだ。チェルシーとネモは約束したようだった。彼の星から私たちを眺めているから。別れの痛みが互いに心を突かないことをチェルシーは望んでいただろう。 それでチェルシーはその痛い身体でも最後まで家族一人一人に再会して嬉しく生を終えただろう。
 チェルシーの小さな空間がぼやけていく頃、エイタから結婚するというお知らせが届いた。 そして新年、エイタは、奥さんのユイちゃんを連れて仙台に来た。 私の息子と娘が喜び、エイタとユイちゃんを迎える。まるで私がチェルシーとネモに初めて会った日のように。経験の中に入っているメモリーは、いつのまにか非自発的にアップデートされ、そのきらきら輝く目を向けた瞬間を思い浮かべる。私は、ブラウン運動をする抽象的な記憶の破片を凝集させ、一つの幸せなシーンに再編集している。今の場面は以前の整綴されたディテールではなく、もう私の現実になって未来になる。息子の"ネネちゃん"と喜ばれる姿はチェルシーが"ワン"と喜ぶ姿として生まれ変わる。チェルシーと息子が約束したように。