第25回 約束(プロミス)エッセー大賞

過去の受賞作品

2020年
第25回入賞作品

佳作

約束の手紙 狩野 梨花(25歳 フリーター)

 金色の封筒に、赤い花柄の便箋。質の良さそうな箱に入ったレターセットは、赤色と金色が好きと言っていた彼女にぴったりだったから、誕生日に贈った。「こんなかわいい便箋、勿体なくて使えるか不安」と困ったように笑う彼女に、「それならこの便箋で、私に手紙を書いてよ。なくなるまで」そんな風に言ったのを覚えている。
 彼女との繋がりを絶ちたくなかった。そんな子供染みた約束をしたのが18歳の3月。大学入学を控えた春のことだった。
 彼女は、中高一貫の女子校で6年間青春を共にした友人だった。歴史深いと言えば聞こえはいいけれど、通っている本人達は校舎がボロだ、制服が可愛くないなどと文句を言っていた。森の中に佇む校舎の周りには遊び場もなかったものだから、帰りに寄り道をした記憶よりも、暗くなるまで教室に残ってひそひそ話をしていた記憶の方が多い。
 彼女は学年でも一、二を争う秀才で、趣味は読書という絵に描いたような優等生だった。凛としていて、一匹狼というフレーズが似合う彼女は誰かと群れることが嫌なのだろうと勝手に思っていた。だから、初めてお昼に誘った時、心底嬉しそうな顔で笑ってくれたのが意外で、今でも覚えている。一見クールに見える彼女は、仲良くなるととても情に厚く、よく笑うことを知った。
 ずっと彼女に憧れていた。私は純文学なんて大して読まないくせに「初めて読むなら、川端康成がおすすめかな」という彼女の親切を無視して、彼女の好きな夢野久作の文庫本を買った。少しでも彼女の世界を理解したかったのだと思う。
 大学は別々の道を選んだ。高校卒業後も暫くは連絡を取っていたけれど、段々と途絶えていった。彼女の大学生活はあまり芳しくないようで、一時期はお節介に何度も何度も連絡をしたけれど返事が来ることはなかった。私は自分が嫌われているのだと思い、勝手に傷つき腹を立てた。
 しかし面白いことに、これほど連絡が繋がらないのに、何故か毎年必ず私の誕生日には小包が届いた。中には必ず、誕生日プレゼントと数枚にわたる長文の手紙が入っていた。それは、かつて私が贈ったレターセットで書かれた手紙だった。
 彼女の手紙は本当に面白かった。持ち前の頭の良さと巧みな語彙は、彼女の奥底の不器用さと混ざり合い、ある種軽快なアンバランスさがあった。私の知らない場所で私の知らない苦悩に打ちのめされた彼女は、いつでも簡単に生きることを捨ててしまいそうなほど危うく、私はそれが怖かった。
 けれど、毎年届くその手紙を読むたびに、あの細やかな約束を律儀に守り続ける彼女を思った。「大丈夫。これが彼女なりの、向き合い方なんだ」と。
 あの約束をしてから7年が経ち、私は会社を退職し人生に迷っていた。
 一時は外出もままならなかった彼女とようやく予定を取り付け、会うことができた。久しぶりだというのに、お洒落なカフェやレストランではなく、近所のスーパー銭湯を選ぶところが私達らしい。いつの間にか明るかった空は暗くなり、それでも私達の話は尽きなかった。私が「こんな自分で、いいのかな」と言うと、彼女は「いいんだよ、楽しくたっていいんだよ」と笑った。まるで、自分に言い聞かせるように。
 11 月になった。私の誕生日。赤い紅葉の柄の包みが届いた。見覚えのある字で書かれた私の名前。差出人は彼女だった。
 「あのレターセットがなくなったので、自分で便箋を作ってみました。手作り感すごいね」と文面から照れ臭そうな笑顔が浮かぶ。
 あのレターセットは使い切ったけれど、私達はこれからもきっと文通をするだろう。
 あの時の約束を言い換えるならば「ずっと友達でいようね」だったのかもしれない。