第29回 約束(プロミス)エッセー大賞

過去の受賞作品

2024年
第29回入賞作品

佳作

夏の約束 大内田 萌乃(17歳 高校生)

 私が夏休みに佐賀の祖父の家に泊まり込みで行くようになったのは、小学校二年生のときからだ。両親が忙しくて、私たち兄弟を預けるためだったらしい。でも、私はこの夏休みが楽しみで仕方がなかった。それは、祖父の家の近くで出会った女の子、みいちゃんに会えるからだ。
 みいちゃんは、私が初めて佐賀に泊まり込むことになった年、近くの浜辺で遊んでいるときに出会った。同い年くらいに見える彼女は、ピンク色のキャップをかぶり、ピンク色のサンダルを履いていて、「何してるの?」と声をかけてきた。それからすぐに仲良くなり、毎日一緒に遊ぶようになった。
「また来年、ここで遊ぼうね。」
別れ際にみいちゃんは約束してくれた。それから毎年、夏になると私は祖父の家に行き、みいちゃんと遊んだ。狭い路地裏を二人で歩きながら、猫を見つけたり、私の恋愛事情を聞いてもらったりした。彼女は私の話を楽しそうに聞いてくれて、嬉しかった。この先もずっとこうして会えるんだろうなと思っていた。
 中学生になり、新型コロナウイルスが猛威を振るうようになった。お盆に祖父の家に行けないのは初めてのことだった。この季節になるとどうしてもみいちゃんに会いたくなる。けれどみいちゃんの連絡先を知らない私はどうすることもできなかった。
 中三の夏、祖父の家に帰省した。みいちゃんに会いたい。彼女はまだ、あの浜辺にいるだろうか。半信半疑で海に向かうと、そこにはあの頃のようにピンクのサンダルを履いたみいちゃんの姿があった。気持ちが昂って涙が出そうにまでなる。
「ほんとみいちゃんはピンク好きだよね。」
彼女の背中に声をかけた。みいちゃんは振り返って、少々驚いた顔を見せたが、優しい笑顔で私に言った。
「ほんとは水色が一番好き。でも前にもえちゃんがピンクの帽子とサンダルを好きだって言ってくれたから、夏限定でピンクが好き。」私のためだけのピンク。とても愛おしかった。その後、私たちはあの頃と同じように日が暮れるまで話し続けた。そのとき初めてみいちゃんが私の一個上であること、みいちゃんのおばあちゃんと私の祖父が仲が良いことを知った。
「来年も絶対来るから!」
私はもう一度約束をした。
 しかし、それが最後の再会になった。聞くところによると、みいちゃんのおばあちゃんが亡くなったらしい。一人暮らしだったみいちゃんのおばあちゃんが亡くなったことで、彼女がここを訪れる理由がなくなったのだ。いつもの浜辺に向かったが、みいちゃんの姿はどこにもない。胸が痛んだが、「仕方のないこと」と自分に言い聞かせた。祖父の家に戻ると、祖父が出かける準備をしていた。
「まさこさんの家ん風通しに行くけん着いて来んね。」
まさこさんとは、みいちゃんの亡くなったおばあちゃんのことだ。祖父に誘われた私は着いて行くことにした。家の中に入ってすぐ、靴箱の上に一枚の紙切れが置かれてある。見てみると、それは小さな手紙だった。
「もえちゃんへ また会おうね 美優」
短いメッセージとともに、紙にはピンク色の靴を履いた女の子のイラストが描かれてあった。それを見た私は、不思議と涙が止まらなくなった。みいちゃんの携帯の番号も、どこに行ったのかも未だに分からないままだけど、あの夏の日々と交わした約束は永遠に私の心に残るだろう。
 それ以来、私は夏になると毎年佐賀の海を訪れている。彼女がそこにいるかどうかは分からない。それでも、私たちの約束は、風とともにそこに生き続けている気がする。いつかまた、逢える日を願って。