第29回 約束(プロミス)エッセー大賞

過去の受賞作品

2024年
第29回入賞作品

佳作

あと少し 長部 芙羽(13歳 中学生)

 「あともう少しだから。それまでは頑張って。」これは私が母親と何度も交わした、二度と忘れることのない約束だ。
 私は保育園の年長の頃からソフトテニスを習っている。楽しいうえに、尊敬する先輩方やコーチがいて、無邪気に楽しめるソフトテニスが大好きだった。そんな私に転機が訪れたのは、小学五年生の秋だ。小学二年生のときから今までずっとペアを組んできた一つ年上の子とペアを解消し、同学年の子とペアを組むことになったのだ。その相手は、大会で表彰台に乗るのが当たり前で、いつもすぐに負けてしまう私とは正反対だった。また、相手は私が住んでいるところとは約三百キロメートル離れたところに住んでいて、二人揃ってペアで練習をする機会は滅多に無かった。それも相まって、大会前は必ずと言っていいほど「私なんかがペアでいいのかな。」という感情に押しつぶされそうになり、酷いときは緊張で朝食が喉を通らないほどだった。
 新たなペアを結成してから約二ヶ月目。全道大会で初めて優勝し、全国大会出場への切符を掴むことができた。今までお世話になってきたたくさんの方々が祝福してくれた。しかし、それと同時にコーチからは、「北海道代表として全国大会に出るんだ。苦しくなるのはここからだぞ。」と言われた。このとき、「絶対に全国大会で良い成績を収める」という前向きな気持ちと、「本当に私なんかが北海道を代表していいのだろうか」という不安な気持ちが頭の中で渦巻いていたが、なるべく考えないようにしていた。
 それから、普段の練習が劇的に変わった。私に対するコーチのあたり方がキツくなったのだ。一球ネットにぶつけてしまっただけで、それでも全国選手なのかと言われ、少し声を出す間が空いただけで、やる気があるのかと怒鳴られた。また、全国大会に出場するメンバーのみが参加できる強化練習会では、周りの子と自分の差を実感させられた。コーチが私に対して強くあたるのは、私にもっと強くなって、全国大会で活躍してほしいからだと心の中ではわかっていた。わかっていたけれど、それでもやはり小学生だ。言われるのが悲しくて、辛くて、悔しくて練習終わりにいつも泣いてばかりだった。そのとき、「もう限界なの。お願いだからやめさせて。」と泣きじゃくる私に、母親は「あともう少しだから。この全国大会が終わったらやめてもいいから、それまでは頑張って。」といつも同じことを約束した。その場しのぎでしかなかった。だが、私にとってはそんな些細な約束があったから、どんなに辛くても「あと少し。もうちょっとだけ。」と耐え続けることが出来た。
 あの約束から気づけばもう二年が経つ。今の私は、ソフトテニス部がない中学校に通っているが、それでも今と変わらないクラブチームでソフトテニスを続けている。一時期はソフトテニスが大嫌いだったはずなのに、今では楽しくて仕方がない。練習に行きたくないと車内で泣きわめいていたあの頃が懐かしく感じるくらいだ。私のことを慕ってくれる後輩もでき、コーチから教えられるよりかは、私が後輩に打ち方などを教えることのほうが多くなった。ここまでソフトテニスを続けてこれたのは、紛れもなくあの約束のおかげだ。あの約束がなければ今の私はソフトテニスをやめて後悔し、嫌なことからすぐに逃げ出してしまう心の弱い人間になってしまっていただろう。どんなに私が不満や文句を言っても、それを否定せずに最後まで話を聞き、支え続けてくれた母には本当に感謝しかない。
 そして、今日もいつも通りみんなと練習をする。練習は中学生でも体力が削られる上級者向けのメニューが多い。そんな中、小学生の男の子が「もうやりたくない。」と息を切らしながらぽつりと一言つぶやいた。そんなとき、私はその男の子に目線を合わせるようにしゃがんで声をかける。「あと少し。もうちょっとだけ一緒に頑張ってみない?」と。