第29回 約束(プロミス)エッセー大賞

過去の受賞作品

2024年
第29回入賞作品

プロミスお客様サービスプラザ賞

しょっぱいハンバーグ 星野 亜美(20歳 大学生)

 「ごめん、だめだった、」。言葉を発した瞬間大粒の涙が頬を伝う。寒さで顔が冷たい。どれくらい沈黙が続いただろうか。電話越しの母は「そっか、お疲れ様、帰っておいで」とだけ言った。最後までC判定、合格率50%の第1志望に落ちた。無機質な数字の羅列の中に私の番号はなかった。自宅の最寄り駅で下車する。改札口、母と目が合う。不合格の実感が急に湧いてきて人生で初めて、人目もはばからず大泣きした。

 母は、高いから、とたまにしか行かないロイヤルホストに私を連れていった。私は、「やっぱ、努力なんて報われないわ、高校デビューでも頑張ろうかな、スカートめっちゃ短くして」と言った。半分本心で半分強がりだった。元々勉強が苦手だった私がろくに寝ず、体重も落ちながら勉強したところで受かりはしないのだ。そう思うとなんだか悔しさも超えて馬鹿らしくなってくる。しかし母はただ寂しそうに私を見つめるだけだった。母が頼んだのはハンバーグ。「なんか、しょっぱくなった?」。私も1口食べたが、いつもと変わらないように感じた。ハンバーグを食べる母の顔を見る。目は充血し、必死に涙を流さないようにしているのがわかってしまった。あぁ、涙の味だ。毎日暖かい夕食を残してくれた母、ストレスで激しくなった反抗期も見守ってくれた母を私の発言で深く傷つけてしまった。激しく後悔した。自暴自棄になっている場合ではない。この瞬間、3年後の大学受験で第1志望に受かってこの場所で母に報告する。そう自分と約束した。

 それから3年間、必死に勉強した。おかげで青春なんてものは皆無に等しかった。外が真っ暗になるまで自習室にこもり、帰りの電車でも、ボロボロの単語帳を開く。そんな日々が続いた。

 時が経つのは思ったよりもずっと早く、あっという間に高校3年生の12月になり、受験当日になり、共通テストを終え、2月に二次試験を終えた。

―合格発表まであと5分。私は第1志望である某国立大の公式サイトにアクセスする。しばらくして、〟合格発表はこちら"の文字が浮かび上がる。震える手でクリックする。


―「あった、」思わず声がこぼれる。私の番号が確かに書かれている。あぁ、本当に奇跡みたいだと思う気持ちと、まぁ手応えはあったしな、と言うのが正直な気持ちだった。

 外出中の母にLINEをする。「今どこにいる?」「今駅に着いたところ」。すぐに返信が来る。「ロイヤルホストにいきたい。」と送信し、気温5℃の中マフラーも巻かずジャージのまま駅に向かう。もちろん今日が合格発表日であることは母も知っている。だが、なにもきいてこない。母は無言のままハンバーグを頼んだ。母と目が合い、私の頬が緩む。

「受かった。」
「本当に、本当におめでとう」。ハンバーグを一口食べた母が目を潤ませながら言う。「やっぱり少ししょっぱいよ、」。私の約束は3年越しにしっかり果たすことが出来たのだ。今でもハンバーグを食べるとこのひとことが蘇り少し視界がぼやける。