第30回 約束(プロミス)エッセー大賞

受賞作品

2025年
第30回入賞作品

大賞

私の料理修行 高見 正雄(74歳 無職)

 食べ盛りの小学生のころ、お腹が空くと、母がいる狭い台所によく行った。すると、父に「男は台所に入るな」と、よく叱られていた。そのせいだろうか、十九歳で上京して一人暮らしを始めても、そして結婚してから退職するまで、私はテレビを見ながら、妻が作ってくれた料理が運ばれてくるのを待つのが当たり前になっていた。
 「これから俺が夕食を作るよ」
そう言うと、妻は驚いた様子で、でも、どこかほっとした表情を浮かべ、
「有難う。そうしてくれると助かるわ!」
と答えた。
 約束と呼べるほど、はっきりとしたものではなかった。それでも、この小さな約束は、私のその後の生き方を変えることになった。
それまで妻は、子育ても、食事を含む家のことも、そして会社の仕事も、一人で抱えるようにしてやってきた。子どもたちが自立して家を出た後も、妻は仕事を続けてくれた。
 それは、私が六十五歳で会社勤めを辞め、しばらくたってからのことだ。妻が疲れ果てて、横になっていることがたびたびあった。鈍感な私でも、さすがにこの時、初めて妻の家事の負担の大きさに気づいた。「自宅は自分の体を休める所」という考え方が、どれほど自分本位だったのか、ようやく分かった。
「男子厨房に入らず」と教わってきた私は、「食事作りは、普段使わない頭と手先を使うし、妻を応援することにもつながる」と自分に言い聞かせ、料理を始めた。
 小さな約束をしてから、週の数日は私が夕食の担当になった。最初に戸惑ったのは、スーパーでの買い物だ。手元のメモを見ながら、食材を一つひとつ買い物かごに入れていく。近所の奥さんたちに、野菜などを手に取っている姿を見られるのは、男の威厳を失っていくようで、少し気恥ずかしかった。
 「あら! お買い物ですか? 奥さん、体調が悪いの?」
「いえ、料理を手伝っているんです」
「あら、えらいわぁ」
また、冷蔵庫の中の食材を確認せずにスーパーへ出かけ、すでに家にある食材を買ってきたこともたびたびあった。ズッキーニときゅうりを間違えて買ってきたこともある。その時、妻はゲラゲラと笑った。
 作り始めてしばらくの間は、妻は「美味しいよ!」と言ってくれた。でも、「お腹がすいていないから、これは明日食べるわ」と言うときは、出来がいまひとつの時だ。和食の主菜に中華の副菜を合わせるなど、バランスが「いまいちね」と、ダメ出しを食らうこともたびたびあった。
 時間をかけて作った料理が、あっという間に食べられてしまう。嬉しいような、少し寂しいような気分だ。私が仕事をしていた時は、仕事のことで頭がいっぱいだった。作ってくれた料理に「おいしいね」と言葉にして食べたことが、どれくらいあっただろう。
 作るだけが料理ではないことも知った。後片づけの食器洗いまで含めて、料理なのだ。油の付いた食器、さまざまな形の皿、箸、ザル、鍋。狭いシンクの中で、どの順序で洗うか考えるのも、頭の体操だ。それでも、次々と洗い終わり、きれいになっていくのを見るのは、ちょっとした達成感がある。
 仕事をしていた頃の私は、食後ものんきにテレビを見ていた。食器洗いの音でテレビの音声が聞きづらくなると、「少し静かに洗ってくれない? テレビの音が聞こえないよ」と、よく言ってしまっていた。今思い返すと、胸が締め付けられる。
 今、妻は食事を終え、テレビを見ながらくつろいでいる。声を出して笑っている。仕事、そして食事に満足しているサインだ。食器洗いは、できるだけ音を立てないように工夫しよう。
 食事を作るようになってから、食事をめぐる妻との会話も弾むようになった。
 「大根も美味しいけど、カブにしても美味しいよ」
「あ、そう。今度やってみる」
「その時は言って。ちょっと工夫が必要だから!」
 あの日の小さな約束が、今の私たちの生活に彩りを添えている。