2025年
第30回入賞作品
優秀賞
エビフライを食べに 原田 夏希(33歳 アルバイト)
「こんな大きな車、どうするの?」
新車を買う私のために、ディーラーまで付き添ってくれた上司はピカピカに輝く車を指して嫌そうな声をあげた。
運転技術がないのに、私がスライドドア式の六人乗り自動車の前から動かないので呆れているのだ。
新車でおよそ百七十万。上司は「もっと小さい車にしたら」と言うが私は聞く耳を持たず、この大きな車を買った。
何故なら、私はこの自動車にじいちゃんを乗せてあげたかったのだ。乗り降りしやすいスライドドアは絶対条件である。
しかし、問題は私がとても運転が下手だということであった。中古の軽自動車で縁石に二回乗り上げ、三回はタイヤをパンクさせた私に果たして祖父を乗せることができるのか。不安しか無い。だが、じいちゃんの願いをどうしても叶えたかったのだ。
他県で一人暮らしをしており、車を持たず、足の悪い祖父が「ここから離れた場所に、びっくりするくらい大きなエビフライが食べられる場所があってな。そこに連れてってほしいんや」とチラシを片手に頼んできたのだ。私は「じいちゃん、行こう!絶対行こう!私が車で連れて行くから!」と何回もそう約束した。
そして、翌月には車を走らせて祖父の家に向かったのだ。じいちゃんに暖かい上着を買ったので、これを着てエビフライを食べに行こう。そう思って門を開けようとして異変に気づいた。
じいちゃんが毎朝欠かさずに読んでいる朝刊がポストに入ったままなのだ。まだ寝ているのだろうかと、祖父の部屋に入る。ベッドはもぬけの殻で、ラジオがつけっぱなしになっていた。家中のどこにも祖父がいない。
私は震える手で実家に連絡をすると、妹が電話に出た。
「姉ちゃん、もしかして今、じいちゃんの家にいるの?じいちゃん、昨日の夜に病院に運ばれたんよ!」
私は病院の名前を聞き、慌てて車に乗り込んだ。
馬鹿だ。どうして私はじいちゃんをもっと早くエビフライを食べに連れて行かなかったんだろう。
運転をしながら、後悔の言葉しか頭に浮かんでこなかった。病室に駆け込むと、じいちゃんはケロッとした顔をしてベッドに腰掛けていた。私の顔を見て驚いた顔をしていたが、呑気そうに「新聞を買うてきてほしい」と言った。脱水症状があり、救急車で運ばれはしたが深刻な病気ではなかったらしい。しばらく入院するそうだが、思ったより元気な姿に私はようやく安堵することができた。
「じいちゃん、早く元気になってよ。エビフライ食べに行くんだから」
私の言葉にじいちゃんは「おお、そうやった」と嬉しそうな顔をする。
「絶対食べに行こうね。私が連れて行くからね」
じいちゃんだけでなく、自分に言い聞かせるように私はもう一度そう言った。
ようやく退院ができた後、私は母と一緒に祖父を車にのせてエビフライの店に向かった。
動かしづらい大きな車。高い金額の新車。それでもこの瞬間、じいちゃんとエビフライを食べに行くそのためだけでも役に立ったのだとしたら、私はこの車を手にした甲斐があるのだ。
エビフライは、本当にびっくりするほど大きかった。
顔より大きな立派なエビフライ。ご飯に汁物、デザートに白玉入りの抹茶プリンまで付いている。
「じいちゃん、こっち向いて」とスマホのカメラを向ければ、じいちゃんは口いっぱいにエビフライを頬張ったまま幸せそうな笑顔を見せた。
私はその写真を今でも大切に持っている。
後日、またも祖父の家に行けば一枚のチラシを見せられた。
美味しそうな回転寿司の広告である。
「ここのお寿司が、美味しそうなんや」
「いいね、行こう。絶対行こう」
私はすぐに地図を調べ、じいちゃんと新たな約束をした。
