第30回 約束(プロミス)エッセー大賞

受賞作品

2025年
第30回入賞作品

10代の約束賞

幸色(しあわせいろ)のダンボール 赤石 菜緒(16歳 高校生)

 私たち姉妹は、食べることが何より好きだ。食卓に並ぶ料理を前にしたときの幸せは、どんなものにも代えがたい。特に夕食の時間は、いつも小さな戦争になる。最後の唐揚げを巡って睨み合ったり、互いの箸が伸びるのをけん制しあったり。親はそんな私たちを横目に、くすくす笑っているだけだ。私たちにとっては冷戦並みの緊張感なのに、家族にとってはただの茶番らしい。それでも、二人の大好物は驚くことに一致している。「ピリ辛ラー油うどん」だ。市販のものではなく自分たちで作るのが一番美味しい。ポイントは豆板醤の量。少し多いと舌が痺れるほど辛くなり、少ないと味がぼやけてしまう。でも、長年のライバル関係できたえられた私たちは、最近では目分量で完璧に仕上げられるようになった。鍋を前にして、結局最高の味にたどり着く、あの瞬間だけは、ライバルではなく最高の相棒になれる。そんな姉は、今年の春から一人暮らしを始めた。大学進学のための引っこしだ。新生活の準備であわただしい中、私は当然のように手伝いを行った。段ボールが山のように積まれていて、驚いた。どれも丁寧にガムテープで止められ、中身が分かるようにマジックで書かれている。「バス用品」「タオル・布団」「服(夏用)」…。姉らしい几帳面さだと思った。その中で一つだけ異質な段ボールがあった。何もかかれていない。ガムテープも貼られていない。口がぱっくり開いたまま、私の視線をまっているかのようだった。荷造りは終わっているはずなのに、これはどういうことか。一瞬、まだ何か入れるものがあるのかなと思ったが、姉は「これで全部」と言い切った。「この段ボールの中身は?」私は何気なく聞いた。姉は少してれたように笑って、首をふった・「空っぽだよ」すぐに「え、なんでもっていくの」と聞き返した。姉はしばらく黙ってから恥ずかしそうに、
「幸色のダンボール」
その言葉で私ははっとした。私たちが小学生の頃だ。二人で「ピリ辛ラー油うどん」を作り始めたばかりで、豆板醬の量がどうしても上手く調整できなかった日があった。辛すぎて涙が出たり、味が薄くてがっかりした。悔しかった。私は言った「いつか二人で完ぺきに作れるようになろうね」姉はうなずき、「そして私が一人ぐらしを始めたら…」そこですこし間を置いてから、姉は続けた。「私たちの最高のピリ辛ラー油うどんの思い出を空の段ボールにいっぱいつめる」私は子供っぽすぎる約束だと笑った。けど姉は、「一人ぐらしって寂しくなると思う、だからあの味を忘れないように、空の段ボールに私たちの思い出をつめておきたいの。私が大学に行っても絶対忘れないって証拠」私はそのとき「すぐ忘れちゃうよ」とからかった。でも姉は真剣な顔だった。
 そして今、姉は本当に大学に行くための準備をしている。私の目の前にあるのはあの時話した空の段ボール。「空っぽだよ」と答える姉、多分、これから姉が帰ってくる度に作ると思う。けどこの時作った「ピリ辛ラー油うどん」は一番おいしく感じた。