第30回 約束(プロミス)エッセー大賞

受賞作品

2025年
第30回入賞作品

10代の約束賞

当たり前が欲しいだけなのに。 久保 里緒奈(16歳 高校生)

 中学三年生の六月、私の世界から突如として「当たり前」が消えた。
 朝、目が覚めても体が鉛のように重く、どうしても起き上がることができない。大好きだったスポーツは、動悸や息切れなどで続けることが困難になった。それまで当たり前に乗っていた電車や自転車、車に乗ることさえ、体調を崩す原因へと変わってしまった。医師から告げられた診断名は「起立性調節障害」。自律神経の乱れによって、自分の意志とは無関係に体が制御不能になる病気だ。
 何よりも辛かったのは、外見からはその苦しさが分かりにくいことだった。「やる気が出ない」わけではない。心では「やりたい」と叫んでいるのに、体がどうしてもついてこない。勉強に集中したくても頭に霞がかかったようになり、思うように動けないもどかしさから、家族との衝突も増えた。昨日まで普通にできていたことが、今日はできない。その喪失感と、周囲に理解されない孤独感のなかで、私は何度も自分を見失いそうになった。
 やがて、進路選択の時期がやってきた。体調を優先し、自分のペースで学べる通信制や定時制の学校を検討することも、一つの現実的な選択肢だった。周りの大人たちも、私の身体を想い、無理のない道を勧めてくれた。確かに、そこを選べば、今よりずっと「楽な生活」ができるのかもしれないとも思った。
 けれど、私の心の奥底には、どうしても消せない夢があった。
 私が思い描いていた高校生活は、朝、校門をくぐり、教室で友人と笑い合い、放課後の空気を吸う、そんな「当たり前」の日常だった。もしここで、体調を理由にその理想を諦めてしまったら、私は一生、この病気のせいにして生きていくことになるのではないか。数年後の自分が、やりたいことを諦めた理由としてこの病名を挙げ、自分自身を惨めに感じてしまうのではないか。
私は、自分の人生に「言い訳」をしたくなかった。病気に人生の主導権を握られたまま、後悔とともに生きることだけは嫌だったのだ。
だから私は、全日制の学校へ進むことを選んだ。
それは無謀な挑戦に見えるかも知れない。治らない病気ではないとはいえ、今も毎日、痛みや倦怠感との闘いは続いている。しんどそうに見えない瞬間でも、水中で必死にもがいているような苦しさが消えることはない。それでも、私はこの道を選んだ。当たり前だった日常が当たり前にできないという悔しさを、これ以上増やしたくはなかった。
 この決断をしたとき、私は一つの約束を交わした。約束の相手は他の誰でもない、
「今の私」と「未来の私」だ。
「どんなに困難であっても、決して諦めないこと。自分がこうありたいと決めた場所で、最後までやり遂げること」
 これが、私と私の指切りだった。
 朝の光が残酷に思える日もある。けれど、その一歩一歩は、私が自分の意志で勝ち取った証だ。病気のせいにして立ち止まるのではなく、病気と共にありながら、自分の足で目的地へ向かい必ずゴールしてみせる。
 「当たり前」は、ある日突然、予告もなく奪われることがある。しかし、奪われたままにするか、形を変えてでも掴み取りに行くかは、自分自身で決めることができる。
 未来の私が、いつか今の私を振り返ったとき、「あの時、自分との約束を守ってくれてありがとう」と笑えるように。私は今日も、自分自身と交わした静かな約束を胸に、新しい朝を迎える準備をする。たとえ足取りは重くとも、私の心は、私が望んだ未来へと確かに向かっている。