2025年
第30回入賞作品
10代の約束賞
逃げずに最後まで腕を振る 永田 蓮翔(15歳 中学生)
僕がピッチャーというポジションに強く惹かれたのは小学生の頃、グラウンドで上級生が投げるまっすぐな球を見たときのことだ。ミットに吸い込まれた瞬間の「バシッ」という音は、僕の胸を震わせた。それからというもの僕はボールを握るだけでワクワクした。だが、中学生になり本格的に投手として試合に立つようになるとその憧れはいつしか重たい「責任」へと変わっていった。
転機となったのは、一年生の秋の練習試合だ。僕は先発を任されたものの、緊張で手の平が汗ばみリリースの感覚がまるでつかめなかった。初回、先頭打者に四球。次の打者にも四球。あっという間に満塁になり、監督の視線が痛いほど突き刺さった。キャッチャーは何度も優しく合図を送ってくれたが、僕の腕は固まりフォームはバラバラ。結局その回だけで五点を失い味方が声をかけてくれても僕は、うつむいてしまうばかりだった。
試合後、悔しさを抱えたまま、僕はひとりで室内練習場へ向かった。誰もいないブルペンでネット相手に何球も投げ続けたが、涙がにじんで前がよく見えなかった。「自分はピッチャーに向いていないんじゃないか」「もうマウンドに立つ資格なんてない」そんな弱い気持ちが頭の中を支配していった。
すると、後ろからコーチの足音が聞こえた。「悔しいか?」その問いかけに僕は黙ってうなずくしかなかった。コーチはしばらく黙って僕の投球を見たあと、静かに言った。「逃げたいと思うならそれでいい。でも逃げなければお前は必ず強くなる。今日の涙は無駄にならない。」
その言葉が胸に深く刺さった。僕はその瞬間、ひとつの「約束」を決めた。
――どれだけ怖くてもマウンドに立ったら最後まで腕を振る。逃げない。――
それは誰かのためではなく、弱い自分と向き合うための約束だった。
それから僕の練習は変わった。室内練習場でのピッチング前には、必ず深呼吸し、心の中で約束を唱えてから投げ始めた。フォームが安定しない日も、全くストライクが入らない日も僕は投げるたびに「逃げない」と自分に言い聞かせた。少しずつボールがミットの中心に吸い込まれる回数が増え、キャッチャーからも「球が前に伸びてきた」と言われるようになっていった。約束は僕の技術だけでなく、気持ちまでも強くしてくれた。
二年生の夏。ついに県大会の先発を任された。試合前に、胸の奥がジンジンするほど緊張していたが、いつものように約束を唱えると、不思議と心が静かになった。
初回、ランナーを背負い、相手の四番打者を迎えた。僕は一瞬だけ弱気になった。しかし、あの日の涙とコーチの言葉がよみがえる。ここで逃げたら、あの約束はただの言葉になる。僕は全身の力をボールに込めて投げ込んだ。ミットが大きく鳴り、審判の「ストライク!」という声が響いた。その瞬間、僕は心の底から「自分は変われたんだ」と感じた。
試合は苦しい場面もあったが、僕は逃げずに投げ続けた。五回の満塁のピンチ、キャッチャーが短く「お前ならいける」と言った。その一言で胸が軽くなった。僕は約束を思い出し、三者連続三振で切り抜けた。ベンチからの歓声が全身にしみわたるようだった。
僕はこの試合で勝利をつかんだ以上に、自分との約束を守り抜けたことが、何よりうれしかった。あの日、室内練習場で涙を流した僕に、胸を張って言える。「逃げなかったよ」と。
約束とは、誰かに見せるためのものではない。弱い自分が負けそうになったとき前へ進む力をくれる「灯り」のようなものだ。僕はこれからもどんな壁が現れてもこの約束を胸にマウンドに立ち続けたい。
――逃げずに最後まで腕を振る。――
この約束は、これからの僕の人生をきっと強く支えてくれるはずだ。
